七瀬牧穂と子犬のワルツ

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「それって、つまりこの公園で飼うってこと?」 旭は呆れた口調で言った。 「簡単に言うけど、どういうことかわかってる? 飼い主見つからなかったら? マキちゃんがずっと面倒みるの?」 旭の言い分もわかるし、そう上手くいかないこともわかっている。 僕だって毎日ここに来れるかわからないし、そもそもこいつがずっとここにいるかわからない。 保健所に連れていかれる可能性もある。 わかっている。わかっているのだ。 ただ、僕の心が言うことを聞かない。 「…覚悟はあるよ」 僕は真っすぐ旭を見据えた。 それも旭に通じたのか、旭は少し驚いていたが、ふふっと短く笑った。 「まったく…よかったわね、あんた、しばらくご飯に困らないわよ」 濡れた子犬を旭は優しく撫でた。 旭がわかってくれたということに僕はつい嬉しくて笑みをこぼした。 子犬もその状況に気づいたのか、返事をするように「あん!」と鳴いた。 「そうと決まれば、次は名前ね。いつまでも子犬と呼ぶ訳にはいかないじゃない?」 そう続ける旭の言葉に僕も同意する。 「候補なんてあるの?」 古いバスタオルで子犬の体を拭く僕に旭は尋ねる。 「まだなんも考えてない」 僕が手を離すと、子犬は一目散に公園を駆け抜けた。 目指す先は、なぜか統吾だ。 「なんでこっちに来るんだよぉぉぉぉ!」 逃げる統吾を遊んでくれていると勘違いしたのか、子犬は楽しそうに舌を出して彼の後を追う。 その様子を見て、僕は思わずカメラを構えた。 それと同時に子犬の名前がスッと頭に浮かびあがった。 「ワルツ」 シャッターを切る音と合わせて、僕は命名した子犬の名前を呼んだ。 「…いい名前じゃないの」 旭は走る統吾とワルツを遠い目をしながら見つめていた。 その視線の先では統吾が絶叫していたが、その微笑ましい光景に僕も旭も止めなかった。
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