七瀬牧穂と子犬のワルツ

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ーーある日のことだ。 あの時は一日中大雨で、もうすぐ夏が来るというのに肌寒かった。 空は厚い雨雲で覆われていて、昼間でも暗く感じた。 僕たちは次のライブのためにセッションしていた。 あれだけ悩んでいた選曲にも目処がつき、僕たちはひたすら新しい譜面と睨みあっこしていた。 その集中力と外の暗さもあり、僕はうっかりワルツの夜ご飯の時間を過ぎてまで練習していたのだ。 「やっば! ワルツのご飯だ!」 練習に区切りをつけ、僕は慌てて部室を出た。 雨模様だったこともあり、歩きだった僕はいつもの倍の時間をかけて公園につくことになる。 公園にたどり着いた僕はワルツを呼んだ。 いつもなら尻尾を振って出迎えてくれるワルツだが、今日はなかなか現れない。 雨だからきっと僕が作った段ボールハウスに篭っているのだろう。 深く考えなかった僕は迷わずそこに向かった。 そこにワルツはいた。 ただ、呼んでも返事はなかった。 「ワルツ…?」 それがワルツだと僕は信じたくなかった。 大雨のせいで、赤黒い液体が僕の足元まで流れてきた。 その液体の先を目で追うと、茶色い丸い物体が横たわって居た。 その周りには毛もくじゃらの5つの細長い長方形が転がっていた。 それが、ワルツの手足と尻尾だということに気づいた頃には僕は泣き叫んでいた。 ああああ… なんて叫んだかは覚えていない。 ただ、ワルツの名前だったか。 それとも悲鳴だったのか。 あまりのショックで、僕の記憶からもみ消されていた。 そんな僕の悲痛な叫びも雨の音で消し去られた。 「ワルツ…ワルツ…」 僕は迷わず変わり果てたワルツを手にとった。 こんな寒い気温なのに、ワルツの体はまだ温かかった。 僕はその場で動けなかった。 ワルツの心臓はもうすでに止まっていたからだ。 微動だにしない彼からは千切られた手足からどくどくと血が流れ出るだけだった。
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