七瀬牧穂と子犬のワルツ

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それから、どれくらい時間が経ったかわからなかった。 時間の流れがえらく長く感じた。 触れたワルツは陶器のように冷たくて固かった。 あれだけ柔らかい毛も血液が固まったせいでぼさぼさで棘のように痛かった。 僕は気がつけば段ボールの中にワルツを入れて、近くのベンチに座っていた。 なぜこんなことになったのだろうか。 僕がもう少し早く公園に来ればこんなことにならなかったのだろうか。 僕がワルツを飼えていたらこんなことにならなかったのだろうか。 後悔の波が寄せては消える。 いつしか何も感じなくなり、雨の音だけが世界に響き渡った。 僕の涙も雨に混ざって流れるだけだ。 ーー雨が止んだのはそんなときだ。 止んだのは僕の周りだけだった。 僕の後ろに大きな影が映った。 僕はゆっくりと振り向いた。 そこにはベンチをまたいで、彼が僕に傘をさしていた。 「とう…ご…」 虚ろな声で彼の名前を呼んだ。 「なんで…こんなところにいるの」 声を出すたびに我慢していた感情が再び溢れ出した。 「なんで…来たんだよ…」 こんな姿を見られたくなかった僕はもう彼の顔も見ることができず、俯いたまま動けなかった。 そんな哀れな僕に、統吾は言う。 「…牧穂が泣いている気がしたから」 僕はいつの間にか統吾にしがみついて泣いていた。 こんなに冷え切った世界で、統吾だけが温かかった。 統吾はただ黙って、赤子をあやすように濡れた僕の髪をぽんぽんと優しく触れる。 僕がやっと今の状況を話すことができるようになったのは、それからまたしばらく時が経ってからだ。 それまで統吾はずっと僕にしがみつかれていた。 何も言わず、僕が落ち着くのを待ってくれた。 ワルツの変わり果てた姿を見て、統吾は吐き気を催したのか手で口を塞いだ。 「酷い…酷すぎる」 その残酷な姿に統吾はすぐに目をそらした。 だが、彼は見逃さない。 「手足と尻尾が人為的に切られてやがる」 僕が信じたくなかった事実を統吾はさらりと告げた。
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