七瀬牧穂と子犬のワルツ

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ワルツは誰かに殺された。 それは紛れもない事実だ。 誰がなんのためにワルツを殺したのか。 僕には想像すらできなかった。 したところで、犯人への憎しみが膨らむだけだ。犯人の手がかりがない今、そんな推理は意味をなさない。 それでも僕はこの世界の仕組みが理解ができなかった。 この虚無感は、あの時と全く同じだ。 「あのな、統吾…」 統吾は僕に顔を向けて首を傾げた。 僕は急になんだか、昔話がしたくなったのだ。 「前に実家で犬を飼っていた話をしたの覚えてるか?」 統吾は何も言うことなく、静かに頷いた。 「シバマルっていう雑種だったんだ。兄ちゃんと、弟と、よく3人で散歩に出かけた。僕達はいつも一緒だった」 僕がこんな性格なのも、きっと兄達とシバマルとずっと遊んでいたからなのだろう。 「でも、シバマルは死んだ。交通事故で、車に轢かれたんだ」 たまたまシバマルをつないでいたリードが切れていて、そのまま脱走したシバマルは道路に飛び出た。 「僕は悲しくて悲しくて…ずっと泣いたんだ」 同じ交通事故でも、動物なら物損事故で済む。 電柱とか塀とかそんな無機物と同等の扱いだ。 それでもシバマルは今まで生きていた。 「今回も、それと同じだよな…」 ワルツが殺されても、警察が大事にすることはないだろう。 きっとワルツもシバマルと同じように物損で終わるのだ。 「シバマルだってワルツだって生きてるのに…なんでこうなったのかな…」 ワルツは物ではない。 こんなに小さな命だが、ちゃんと昨日まで生きていたのだ。 統吾と追いかけっこして、旭の膝の上で眠って、僕の隣で尻尾を振って… 「なんで殺されなきゃいけなかったのかな…」 我慢していたのに、僕の目からは再び涙が溢れ出した。 「ごめんなあ…ワルツ…」 そっと統吾が肩を抱いてくれたのがわかった。 統吾は鼻を啜りながら、また僕の頭を撫でてくれた。 ーーそれでも僕はやはり犯人が許せなかった。 出来るならとっ捕まえて、ワルツの仇をとってやりたい。 翌日から僕の"犯人探し"が始まることになる。
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