七瀬牧穂と子犬のワルツ

15/25
前へ
/1361ページ
次へ
ーー犯人探しとは言ってみたが、雲を掴むような話である。 僕はまず、大学の図書館でひたすら新聞を漁った。 新聞は新聞でも民報だ。 民報ならこの絹子川近郊のニュースが取り上げられているはず。 僕が探しているのは、動物虐待の記事だ。 あの手口から見て、常習犯の予感がした。 思い出すだけで涙が出そうだが、ワルツの手足、尻尾を切るとか尋常の沙汰ではない。 単独か、団体か。 わからないが少しでも情報が欲しい。 「…あった」 僕は思わず声を漏らした。 小さいが、記事があったからだ。 それは一週間前のもので内容は猫の不信死についてだった。 これも四肢と尻尾が切られていたらしい。 だが、内容は動物虐待防止の団体が情報提供を訴えるものだった。 僕が欲しい情報ではない。 そのまま僕はふらふらと外に出た。 ワルツを亡くした今、正直何もやる気がでなかった。 講義も上の空。 髪はぼさぼさだし、顔もすっぴん。 2人には申し訳ないが、部活も休んでしまった。 当てもなく、僕は大学の外へとくり出す。 この世からワルツが消えただけ。 それなのに、この虚無感はなんだ。 ワルツの世話をしなくなった。 生活が元に戻った。 ただ、それだけなのに。 雑踏の中に僕は立ちすくんでいた。 通行人は立ちすくむ僕を見ずに通り去る。 道行く人の声が聞こえる。 その言葉をしっかりと聞き分けることができるのは、長年音楽をやっていた賜物なのかもしれない。 頭はぼうっとしているのに、周りの会話だけはやけに頭に響く。 こんな時でも僕の意識は耳に移っていた。 だからといって、これは多分偶然。 いや、きっとワルツが教えてくれたのだ。 そうでもないと、犯人が見つかるだなんてそんな奇跡があるわけない。
/1361ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11342人が本棚に入れています
本棚に追加