七瀬牧穂と子犬のワルツ

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僕が聞いたのは、たった一言。 「昨日の犬が」 これだけである。 それでも僕は思わず振りむいた。 その先には2人の若い男がいた。 年は僕より年上だろうか。 1人は髪の短いの太めかしい男。 こんな初夏でもすでに半袖で額に汗を流している。 もう1人は髪を染めていて背が高く、筋肉質のガタイのいい男だ。 僕はこっそり彼らの後をついていった。 着ていたパーカーのフードを被り、僕は聞き耳を立てる。 「こないだの奴よりはなかなか切れなかったな」 フードからちらりと見える男の顔はにたついていた。 「太さも違うし、切れ味も落ちてやがった」 きっと他の連中には、この会話が何を指しているかなんてわからないだろう。 「あいつ、ぎゃんぎゃん喚きやがってうるさいのなんの」 「噛みつきやがってマジでむかついたわ。ま、ちょっと蹴ったら大人しくなったけどな」 僕は少しずつ彼らとの距離を埋めていった。 「でも、飽きたな」 「ああ。その辺の野良はもういい。そろそろ違うものを試してえ」 「ああ…"迷子"とか?」 僕はこいつらが理解できなかった。したくもなかった。 こいつらからは、変な…血なまぐさい臭いがした。 太めかしい男は携帯電話を取り出し、その相方に渡した。 「ところで動画の閲覧数見たかよ」 男は嬉しそうに相方に言う。 その携帯電話を見た相方も、感嘆の声をあげた。 「すげえ。もう500もいってやがる」 「"いいぞ。もっとやれ"だってよ。マジ俺らやばくね?」 想像はついた。 多分、こいつらは自分がやったことを動画をあげていた。 そんな想像がついたからこそ、僕は大胆な行動に出ていた。 「…あ?」 男は不意に携帯電話を持った手を掴まれたので、間抜けな声をあげた。 掴んだのは僕だ。 僕はこいつの手を掴んだまま携帯電話の画像を横目で見た。 僕が掴んだせいで画面に触れてしまったのか動画は止まっていた。 映像に映る子犬はこいつらに鋏を向けられていて… その子犬は、僕の知るあのワルツであった。
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