七瀬牧穂と子犬のワルツ

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「お前が…」 五感が研ぎ澄まされる。 こいつらからワルツの叫びが、苦しみが、あいつの流れた血の臭いが! 全てわかる。全て感じる。 まるで僕がその場にいたかのように全部映像で流れこむ。 こいつらが、ワルツを殺した。 「なんだ? このガキーー」 男が言葉を発し終わる前に、僕は毟り取るように携帯電話を奪った。 「あ! てめえ、何しやがる!」 僕は男たちを押し出し、そのまま駆け出した。 こんなに憎しみの感情が煮えたぎるのに、僕は冷静だった。 あんな街中で暴投を起こしてみろ。 周りの人たちに僕が止められる。 ワルツがこいつらに殺されたことが知られていない今、そうなると警察にお世話になるのは僕のほうだ。 走りながら僕は奪った携帯電話のフォルダを開いた。 フォルダには、動画サイトにあげられたものと同じ映像や写真が残されていた。 ワルツだけでない。 他の野良猫や野良犬まで、ワルツと同じように無残な姿にされていた。 僕はなるべくその写真を見ないようにした。 見たら、僕は間違いなくこいつらを憎しみで殺してしまう。 警察だ。 警察にこの携帯電話をつき出せば、きっと動物虐待の証拠として動いてくれるはず。 幸い、僕は体力に自信があった。 男たちが怒鳴り声をあげて僕を追うが、1人の男はすでに体力に限界がきていた。 もう1人も息があがり、走りが遅くなる。 運がよければ、このまま振りまける。 僕はスピードをあげ、そのまま角を切った。 向かう場所は、旧商店街。 ひと気のない場所ではあるが、交番への近道だ。 「待ちやがれ!」 男たちも懲りることなく、僕を追いかける。 誰もいないシャッター街を駆け抜ける。 男たちの声が商店街に響き渡る。 僕は振り向かずに走った。 振り向いたら、僕は怖気ついてスピードを落としてしまいそうだったから。 "ワルツの仇" こんな乱暴で大胆なことをするのも、全てはそれが僕の原動力だ。 しかし、僕は少しくらい振り向けばよかったと後悔した。 振り向いていたら、きっと今の状況がわかり、何らかの対処ができていただろう。 「待てって言ってるだろうが!」 その声が後ろで響いた途端、僕の頭部に痛みと衝撃が走った。 男が道端に落ちていた石ころを僕に向かって投げ、それが運悪く僕の頭部に激突したのだ。
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