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「いいけど…お前、明日仕事だろ?」
「大丈夫。そんな遅くまではいないから」
そう言って、アキは俺を連れて店に出た。
たどり着いたのは近くの浜辺だった。
海の漣が静かに音をたて、冷んやりとした風が靡く。
目立つ光は夜空に輝く月と、どこまでも光が伸びる灯台だけで、アキはそれらを見回すように岩場に腰を下ろした。
「ごめんな。流石にあれだけじゃ物足りなくて」
「いや、いいよ…俺もだから」
俺もアキの隣に座り込んだ。
俺たちも前まではよくここで遊んでいたから、アキが俺をここに連れてくるのもわかる気がした。
「懐かしいな。遊泳禁止のところで泳いで怒られたり、灯台に忍び込んで怒られたり…」
「俺たち怒られてばかりだったな」
思い出すようにアキは笑った。
時を刻むように、漣が動き出す。
暫時の沈黙の中、俺は口を割った。
「仕事、どうだ?」
でも、この沈黙に気まずさを感じてしまい、俺はアキの顔を見ることができなかった。
だが、アキは仰ぐように上を向き、深いため息をついた。
「…毎日上司に怒鳴られてるよ」
俺は思わずアキの顔を見た。
その声のトーンが自分が想像していたよりもずっと低かったからだ。
「大変だよ。腰は痛くなるし、先輩たちは無理強いばかりするし、上は理不尽だし。正直めげそう」
無表情のアキに俺はかける言葉がなかった。
そんな空気を壊すようにアキは明るい口調で話す。
「でもさ、その分やりがいもすっごいあるわけ」
「やりがい?」
「そうそう。今、駅前で新しくオフィス建ててるんだけど、それがどんどん完成する様子とか見てたら興奮するの! "あそこの部分俺が建てたんだ"とか思うとついにやけちゃってさ!」
語るアキはさっきと打って変わって楽しそうだ。
その時、俺は思った。
自分の夢を叶えたアキは、幸せなんだって。
とてもキラキラ輝いているアキを見ていたら、なおさら。
社会人のアキ。
大学生の俺。
同じ時間を生きていたのに、なんだかアキが別世界の人間に見えた。
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