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「…お前、誰だ?」
おそらくこの時、私は柄沢君の眼中になかった。
柄沢君は私の背後をじっと見ている。
ただ、その眼差しはいつものような威嚇的ではない。
何かを観察するように慎重だった。
無論、背後には誰もいない。
やがて、柄沢君が息を呑んだ。
そして柄沢君は困ったように髪の毛を掻き始める。
そして諦めたように深いため息をついた。
「怖がらせることを言っていいか」
腕をだらんと下ろし、柄沢君は力なく尋ねた。
私はすぐに首を縦に振る。
きっと、柄沢君には私が視えていないものが視えているのだろう。
再度頭を掻きながら、柄沢君は事情を説明した。
「遠山の後ろに男がいる。だが、お前に憑いている訳でないからそこは安心してほしい。ただ…こいつは俺に話を聞いてほしいって言うんだ」
柄沢君は戸惑っていた。
多分、このようなことは自分に不向きだと思っているのだろう。
それに何より、この場には私がいる。
「こいつの話を聞いている俺は、はたから見たら独り言を言っているようにしか見えないだろう」
柄沢君が懸念しているのはそこだった。
これから見る柄沢君は私の知らない彼であり、私がどう努力しても介入できない世界になる。
「気色悪いだろうから、部屋に戻ってろよ」
そう語る柄沢君の表情はどこか苦しそうだった。
しかし、私は首を振った。
「私も一緒に彼のお話聞かせて」
私に彼の声を聞く力がないのはわかっている。
それでも、私はここにいたかった。
ここにいれば、少しでも柄沢君の感じている世界に近づけるような気がした。
彼の辛苦であるこの霊の視える世界というものに。
柄沢君は驚いたように目を見開いたが、やがてフッと短く笑った。
「勝手にしろ」
そう言った柄沢君はどこか嬉しそうだった。
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