柄沢悟と雨

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その小屋はとにかく古かった。 壁の木は腐っているのか所々が脆くなっているし、窓ガラスは割れていて風がビュービューと吹き抜ける。 俺はその小屋の前で立ち尽くした。 こんな山奥に誰かが住んでいたのだろうか。 無人となった今では聞く術はない。 だが、創一の好奇心は止まらない。 この小屋の周りをうろちょろし、窓を覗いたり、鍵のかかったドアをがちゃがちゃと弄る。 「誰もいないな」 見ればわかる。 「創一、戻ろうよ」 なんとなくここにいたくなかった俺は創一を呼ぶ。 それに、空き家とはいえ勝手に人の家に入って後で親に怒られたくない。 だが、あいつは人の話を聞かなかった。 「見ろよ、裏口開いてるぞ」 あろうことか、俺の言葉を無視して創一は家の中に入ったのだ。 「創一! 中に入ったらだめだろ!」 俺は声を荒げるが、創一は「大丈夫」の一点張りだ。 「雨が止むまでここで休ませてもらおうぜ」 「でも、勝手に入ったら怒られるしーー」 だが、そのタイミングで俺の背後から一瞬眩しいくらいの光が射した。 間も待たずして、次は息を呑んでしまうほどの衝撃音が聞こえた。 近くで落雷したようだ。 かなり大きかっただろう。 驚きで未だに動悸が止まらない。 「な? 木の下よりこっちのほうが安全だって」 まさか創一に正論を言われるとは思っていなかった俺は反論する余地もなくぽかんとしてしまった。 止まない雨、落ちまくる雷。 それに、体は濡れて体温は下がるばかりで、状況は一向によくならない。 「早く来いよ。風邪ひくぞ」 そう言って創一は小屋の中に入った。 俺は後ろめたい気持ちもあったが、雨は強くなる一方だ。 諦めた俺は創一に続いた。 小屋の中はとにかく荒れていた。 すぐに台所に出たのだが割れた食器が床に飛び散り、床も泥だらけで、カメムシやらてんとう虫やらの死骸も転がっている。 「うわー、なんだこれ」 創一も気持ち悪いと顔をしかめる。 彼が行ったのは洗面所と風呂だったのだが、シンクは錆びだらけで、風呂のタイルもそこらじゅうヒビだらけのうえに浴槽内には視線を逸らしたくなるような黒い水が溜まっていた。 「本当に誰か住んでたのかな」 立てかけられた曇った鏡を見ながら、創一は呟いた。
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