消えていた夏

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「ウテナ、これで全部だな」  今は空き部屋になっている姉貴の部屋に荷物を運びながら、オレは後ろに立っているウテナに尋ねた。  紅凰院ウテナは、灰色の髪の少年だ。オレと同い年の十八歳で、オレの従兄弟に当たる。今度オレの通う聖桜学園に転校して来る…らしい。それで、今日から双子の妹の哀ともども、オレの家に厄介になることになったのだ。 「うん。ごめん要、いきなり居候させてくれなんて言って」  スポーツバッグを持ったウテナは、心底申し訳なさそうに頭を下げて来た。ウテナの手からスポーツバッグを取って部屋の中に放り込みながら、オレは笑って答える。 「気にすんなって。随分前に姉貴が出て行っちまって、今はお袋と二人暮しなんだ。二人くらい増えたって平気だよ」 「そうよ、気にしないでね。居たいだけ居ていいのよ」  戸口に立ったお袋も、笑顔で答える。姉貴が出て行ってから静かになってしまった家にまた活気が戻ってきて、お袋も嬉しいんだろう。 「な、お袋だってああ言ってるし」 「あ、ありがとうございます」  そう言って、ウテナはオレとお袋に頭を下げようとした。が、途中で顔を上げると、隣に立った哀の頭を手で押さえて、一緒に下げる。本当に仲のいい兄妹だな、って思った。これが双子の絆って奴なんだろうか。  お袋も同じ感想なんだろう。楽しそうに微笑みながら、まだ下げている二人に言った。 「二人とも、汗かいたでしょ。荷解きは後にして、お風呂沸いてるから入っちゃいなさい」 「は、はい、ありがとうございます」  頭を下げたウテナは、そう言いながらもう一回頭を下げた。随分とマメな奴だな…。 「じゃあ、あたしから先に入るね。それとも…」 「ボクが先に入ってくるよ。『それとも』から先、なんて言おうとしたのか想像つくからね。じゃ要、先に入ってくるね」  哀のセリフを途中で遮ったウテナは、哀がもう一度口を開くだけの間も与えずに、さっさと室内へ入って行った。さっき放り込んだスポーツバッグの中から着替えを取り出して、風呂場に向かって歩いて行く。  その後ろ姿を見送りながら、哀は子供のように頬を膨らませた。 「ぷ~~~」  どうも、ウテナと一緒に入りたかったらしい。ちょっとスネてしまって、床に“の”の字を書いている。その姿を、少し可愛く思った。
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