胎動

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磨きあげられた体育館の床に、卸したてのバスケットシューズを放り投げる。 ごとり、と多少いかめしい音を立てて床に転がるそれから漂う靴底のゴムのにおいに顔をしかめながら、両手を上げて大きく伸びをする。 朝の体育館は静謐で、窓から差す太陽の光もまだ心地良い。 誰もいない体育館の中を見回す。洋は朝の体育館に愛着を感じている。洋にとってその時は、誰の視線も感じずに、思うままにボールを操れる唯一の時間だからである。 素足のままシューズを軽く踏みつける。身長160センチメートルという、高校2年生の男子にしてみれば些か小さすぎる体のサイズと比例せず、足のサイズだけがすくすくと成長を続けているせいで、高校から始めたバスケット人生3足目のシューズだった。部活をしているためにアルバイトをする時間のとれない洋にすれば万を超える額の出費は大きな痛手だが、合わないシューズで足を痛めることに比べれば、漫画や服を買うことを我慢する方がよっぽどましに思える。尤も、慣れないシューズも怪我やプレーの精度に大きくかかわる。すぐにとは言わないが、せめてふた月先に控えた秋の新人戦の前までには足を慣らさなければならない。 夏の公式戦は、インターハイどころか地区予選一回戦負けだった。三年生の引退がかかった最後の試合、洋はユニフォームを貰っていなかった。理由は三年生の人数が多いため。下らない年功序列だった。もしもあの時試合に出ていれば、活躍する自信はあった。少なくともあんな無様な負けは喫していないはずだった。 今となっては叶わない話だけれど。 靴紐を結び、その場で軽く跳ねてみる。予想していたほどの違和感はなく、新品にしては動き易い。
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