永訣日

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時に夕暮。 暗くなり、風冷やかに。 露の落つる音すれば、いっそう寒さは増し、自然と背は丸くなる。     夏侯惇は目の前にある戸を容赦なく開けた。 中は外より冷たかった。   男が二人。 一人は寝台で横になり、一人はその傍らに立っている。 立っている男はこちらを見、寝台の男に何かを告げた。 寝台の男の口がかすかに動く。立っている男は夏侯惇に会釈をすると部屋を出た。   二人のみ。   夏侯惇は男に近づき傍らに坐った。 すっかり白髪の男は曹操である。     「見よ、この手を」   目を閉じたままの曹操が言う。   「老いたものよ」   ゆっくり目を開けて、夏侯惇を見る。   「この手、困ったことに掴めぬのだ」 「動かぬのか」   曹操は軽く首を左右に動かす。   「この曹孟徳。欲すものあらば掴んできた。しかしな」   曹操は再び天井へ頭を向けた。   「いかでか、真に欲すものは掴めぬ。関羽、新しき天下。あたかも拒むが如し」 「まだこれからぞ」 「ふふ」
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