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目を閉じれば甦る。
あの日が・・・。
夏侯惇は、己の白く伸びた髭をそっと撫でた。
頬もすっかりこけている。まるであの日の魏王の様に・・・。
思い出し、ふっと笑う。
周りの将らが心配そうに自分を見ている。
その中の一人、曹丕が前に出た。
「夏侯将軍。ご無理をなさるな」
その言葉に、夏侯惇は現実に引き戻された様に咳き込んだ。
皆が慌てふためく。
「丕よ、魏王よ」
「はい、将軍」
曹丕は、かすかに動く夏侯惇の口元に耳を近付ける。
「貴公は丈夫になられた。父の後を次ぐ、立派な魏王となられるだろう。もう俺も必要あるまい。今日をかぎりに休ませてもらおう」
「なにを、私はまだ…」
夏侯惇は寝台の近くに置いてある一本の剣を指差した。
「俺にはあれがあれさえすれば良い。他は全部皆で分けるのだ」
それから、天井にむけて手を伸ばした。
「この身たとひ朽ちようとも、孟徳から給びけるこの剣一つありければ、心身共に同じなり」
強く語り、そう言うと、彼は息を引き取った。
曹操が亡くなってから三月しかたってない、春のこと・・・。
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