第十九話

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      桐生は鈍く光る鉄の刃を片手に近付いてくる。明らかに殺意全開だが、俺は退くこともせずに桐生の接近を許す。   桐生は俺の目の前で立ち止まり、鋭い瞳で睨み付けてきた。       『こんな夜中にまで仕事とは…ご苦労な事だな、桐生センセ』   「黙れ、貴様だけには名を呼ばれたくはない。虫酸が走るわ」     ならば、からかいたくなるのが俺のドS魂。桐生を揺さぶってみたくなった。   俺は一応用事のために、袖口に仕込ませてある扇子がいつでも取り出せるように準備しておきながら桐生をからかいに入る。       『そう言えば、良いあだ名を付けてもらったじゃないか。確か…姫ちゃんだったか?』   「姫ちゃん言うなっ!」       クワッ、と目を開きながら切りかかってくる桐生。 扇子を仕込ませてある腕で、サバイバルナイフと十字になるように防ぐと、甲高い金属音が聞こえ袖が綺麗に斬り裂かれた。   ………うむ、やはりマスター恐るべし。この扇子の細かい制作方法を教えてもらいたいものだ。       『何故、呼ばれたくないんだ?姫ちゃん…似合っているじゃないか』   「ふんっ、私とて前々から雅様にその名で呼ばれていた。女は構わないが、男に呼ばれると吐き気がするほどおぞましさ極まりない」     『…なる程、ならば言うのは止めてやろう。だが、学校ではそうはいかない。恐らくクラス全員が、桐生を呼ぶときはそのあだ名を使うだろう。 怒りを覚えるなら、最初にそのあだ名で呼んだ輩にしろ』           つまらなくなった俺は、桐生に背を向けて喫茶店へと向かって歩き始めた。 桐生は肩を落とし、かなり落ち込んだ様子でトボトボと俺の後を着いてくる。   ……面倒な女に目を付けられてしまったようだ。    
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