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段々、体の感覚が戻ってきた。
指先から熱を感じる。
何かが匂ってきた。
甘いような
苦いような…。
大人で知的を感じる匂い…。
そうだ。
確か朝にこんな匂いがしてて
僕はそこにいた。
どこだ。
『レストラン…かなぁ…』
そう。
沙夜が言っていたあのレストラン。
僕はそこにいて、あの人と話してた。
……誰だっけ
目を開けるとオレンジ色の天井が目に入った。
意識がはっきりするまで、ぼんやりと眺めていた。
しばらくして目を横に向けてみる。
案の定、暖炉がどっしりと座りこんでいた。
口から紅い炎を吐き、熱気を漂わせている。
重い体を起こして、目をつむった。
無意識に唇から零れる溜め息。
体が限界を唱えていた。
「目が覚めたかい?」
気付くと僕の目の前で老人が立っていた。
マスターだ。
暖炉のせいか、真白なヒゲがオレンジに染まっている。
「…どうして…」
僕の口から咄嗟に出た言葉。
よく考えれば分かるはずなのに、今の僕はそれすら考える余裕がなかった。
「どうしたもこうしたも、あんたが道端でしゃがみ込んでるもんだから、私の家まで連れて来たんだが……悪かったかな?」
近くにあるテーブルに寄ってくマスターを見つめる。
「…いいえ」
視界を膝に移す。
下半身に毛布がかかっていた。
あれだけ痛みを訴えていた足も、今では何も言わず押し黙っている。
本当は大人しいやつなのかもしれない。
マスターはテーブルからカップを持ち出し、僕に手渡した。
驚いたように見つめる僕を、マスターは穏やかに見つめ返す。
「君が寝ている間に作ったんだ。温かいうちに飲みなさい。」
手の内にあるカップには、コーンスープが入っていた。
ほのかに玉蜀黍の匂いがする。
それを渡してくれたマスターを優しいとは思うのに、素直に喜べなかった。
「……ごめんなさい」
「…何だ、いきなり」
苦悩を浮かべた表情で暖炉から僕を見遣る。
目を合わせられない。
「あなたに迷惑をかけてしまった」
申し訳なさそうにマスターを見る。
光の中でも、彼は何一つ表情を変えようとはしなかった。
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