0人が本棚に入れています
本棚に追加
沙夜とかいう女性は、最低限必要なことだけ話して部屋を出て行った。
また一人になる。
頭に残っていた痛みは、多少抜けたみたいで、そこだけは感謝した。
脳に伝わる包帯の感触は嫌いだ。
何かに触られる
という行為に、僕は嫌悪を感じている。
『触るな』
って、誰かが喋ってる。
僕の意志ではない。
「……」
夜というのは不気味に静かで
少なくとも、ここらで人気が少ないのは確かだ。
それは、僕にとって、ありがたいことでもある。
そう、僕の仕事には…。
気が付くと、腕が冷えていた。
障子からは光が零れ、もう、朝だということを知らせてくれていたようだ。
知らぬ間に寝ていたのだろうか、身体の傷みも消えていた。
辺りを見回す。
たいしたものはない。
……というよりは、何もない、
と言った方がいいだろうか。
僕と僕が寝ている布団とそれに時計。
それ以外何も無かった。
人間は物を溜めるのを好んでいるから、こんな部屋を見るのは、久しぶりだ。
否。初めてだといっていいだろう。
12畳の部屋に僕だけしかいないという空間は、わりと好きだった。
でも、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。
立ち上がって、時計に目をやった。
8時50分ぐらいだろう。僕は丁寧に布団を畳む。
本当は、このままにしておきたいのだけれど、これは他人のものだから、僕が好き勝手に出来ない。
人間って、不便だと思う。
彼女に…沙夜にここらで何か目立つものはないか、聞いてみた。
暫く口をつむって、
『レストランかなぁ…』
とだけ呟いた。
僕はまだ、空とこの和家しかみていなかったから、てっきりそんな西洋のものはないと思っていたのだから、驚く。
でも、顔には出さない。
出ても、きっと誰も驚いた顔に見えないと思う。
僕に『表情』なんて、必要ないのだ。
沙夜に会釈程度に頭を下げ、その場を立ち去る。
沙夜は何も言わなかった。
僕が、戻ってくると信じているのだろうか…。
そんなことは、本人にしかわからないのだから、僕が何を言おうと無意識
かつ蛇足。
戻ってこようとこまいと、沙夜には関係ない
と僕は思いながら、靴を履いた。
最初のコメントを投稿しよう!