変貌

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  (嫌だ……)  ふと鏡を見れば、映るのは“俺”ではない俺の見知らぬ女。  そいつが俺のいるべき場所に立ち、俺という存在をなくしている。  見れば表情は酷く引きつっており、恐怖に顔を歪めている。 (何を怯えている?)  兄貴たちが、俺を俺として見てくれないことに。 (どうしてそう見られる?)  俺が、兄貴たちの知らない女になってしまっているから。 (……そうか)  俺は、女になったんだ。  鏡に手を伸ばすと、触れる鏡面。  まるで吸い付くかのように鏡の向こうにいる女も手を伸ばし、合わせられている。  俺ではない俺が、俺となっている。  振り向けば、気味悪そうな顔で俺を見る兄貴たち。  ――家族。  昨日まではそうだった。  でも、今はどうだ。  例えどんなに俺が兄貴たちを家族だと思っていようとも、兄貴たちは俺を家族として見てはくれない。 「……はは」  笑いが込み上げてきた。  おかしい。  おかしいじゃないか。  まるで俺一人だけが馬鹿みたいだ。  ずっと家族だと思っていた人たちに他人のように見られ、扱われる。  ああ、そうさ。  理由は分かってる。  俺が女になってしまっているからだ。  女になるなんてのは、語り尽くされたファンタジーじゃない。  何一つうまくいきっこない。  だって、俺を証明しうるものがないんだ。  身近な、最も身近な人たちにすら信じてもらえる術がないんだ。  だって――これはリアルだから。  それは“俺”を否定する。  こんな見た目じゃ、“俺”なんて戯言でしかない。  “俺”じゃない。  これは“俺”の体じゃないんだから。 「あはははははははは!」  馬鹿馬鹿しい。  溢れてきた涙のせいで視界まで歪む。  兄貴たちが歪む。  何もかも、全て歪んだ。  ――それから間もなく、俺は家から追い出された。  
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