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さて、所変わって城下町。
朝早い、ということもあって賑やかな人通りというものはないが、朝市がズラリと道の両側にならんでいる。
その間を、軽快に通り抜ける人が一人。
日差しも砂嵐もないのに頭からは薄い布を被り、辺りの様子を伺いながら進む。
高く結わえられた黒髪を束ねる髪止めについている鈴が、歩く度にシャランと小さく音をたてた。
何を隠そう、彼女こそが先ほど城で噂されていた“あの子”だ。
布はもちろん自分の正体を隠すためのつもりでかぶっているのだろう。
彼女は林麗(リンレイ)。
現在卿国の宰相の任を司っている。
護衛も付けずに重臣の一人がこんなところで何をしているのかと言われれば、これはこの宰相の困った趣味の一つであった。
いつも側についている護衛たちを撒いて城を抜け出す。
なんとも迷惑な趣味である。
当然そんなことが毎回続くのだから護衛たちも逃がすまいと目を光らせるのだが、この宰相はそれすらも楽しんでいるようだ。
厳重に見張られれば、意地でも抜け出したくなる、というやつなのだろうか。
とにかくそんなこんなで彼女が城を抜け出すのは日時茶飯事。
故に城下町の人々は彼女を見れば誰かなどすぐにわかるのだから、彼女の被る布は本当に本人の自己満足でしかないのだ。
「あら、おはようございます宰相様。今日は早いのねぇ。」
正体がばれているのだから、歩いていれば声がかかるのもいつものこと。
「おはようございます。今日は、李嬰(リエイ)はどこにいますか?」
李嬰というのはこの城下一帯を纏める女性だ。
街での問題が生じた時には彼女から連絡が来ることになっている。
「李嬰なら門のところにいるはずですよ。今の時間なら輸入物を確認しているところだろうから。」
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