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「あ…お、おはよう葵瞻。」
ギチギチという効果音が聞こえてくるのではないかと思うほどぎこちなく林麗は振り返った。
そしてなんとか笑みを浮かべ、挨拶を述べる。
しかしそんな行為は、林麗の目の前に立つ仏頂面には全く効果がないようだ。
「今朝はずいぶん早起きのようですね。」
仏頂面から一変、満面の笑みをたたえて男がそう言うと、林麗の笑顔が強ばる。
この男は葵瞻。
皇帝・瞭明によって林麗の護衛を任された男だ。
他にも護衛兵というのはいるものだが、まさか四六時中後ろに兵の列を連れるわけにもいかない。
それ故、皇帝と重臣には必ず一人、腕のたつ護衛がつけられ、二人は常に行動を共にすることが義務付けられている…はずだった。
「葵…葵瞻も今日は早いね。」
なんとかそう返事はするものの。
「それはもう、大事な宰相様が朝から失踪してくださいましたので、本日は町中走らせていただきました。」
恐い。
何が恐いって、明らかに棘を含んだ言葉よりも、葵瞻の笑みが恐い。
葵瞻は元来表情を乱さない男だ。
無口で無愛想で、でもよく付き合ってみると優しい。
そんな葵瞻が、今堂々と林麗に笑みを向けているのだ。
完全に怒っている。
「そ、それは…朝からいい運動を…。」
「宰相様っ!!」
目の前であげられた怒鳴り声に、林麗は思わず目を閉じた。
「ごめんなさい葵瞻!」
ここは先手が大事。
すかさず林麗は詫びを入れる。
「貴女はいつもそう言うが、ちっとも反省してくださらない!」
正にその通り。
毎度毎度こうして叱られるのに、めげずに城を抜け出してくるのだから。
一部始終を見守っていた市民も思わず苦笑だ。
宰相の視察はありがたいが、その度に走り回るはめになる護衛たちは可哀想でならない。
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