序章 終焉の始動

3/5
105人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
その国の名は、卿(キョウ)という。 領地は海より遠く離れた南西の奥地。 最南端に大きく領地を構える楚国と、西に勢力を伸ばしていた秦国とのちょうど狭間に位置する。 大きさはと言われれば、極めて小さな国であった。 当日中国の中央部に国を構えていた国・韓。 彼国とさして変わらないほどだ。 二つの大国に挟まれたその国は、ともすればあっと言う間に呑み込まれてしまいそうなほどの領土しか持たない。 周辺には他国がひしめき合い、もうずいぶんと長い月日が戦火の中に消えていく中で、この卿国が今こうして存在できるのは、一重に初代皇帝・閻燈(エントウ)が巧みな政策を用いて他国との不干渉条約を結んだことと、絹糸衣の貿易の賜物だ。 絹糸衣は、卿国ならではの特殊な精製法を用いて絹を加工したものだ。 それは他のどの衣よりも丈夫で、なにより人の手によるものとは思えないほどの繊細な装飾が施されている。 当然それなりの値が張るものであるが、それ故に時の権力者たちは自らの権威と財力の高さを示す道具としてこの絹糸衣を求めた。 こうしてその技術を残すためにも、卿国は残されてきたのである。 全盛期はやはり、この名君・閻燈の時代に相違ない。 彼の作った小さな国の民たちは自らの皇帝を慕い、故に自分たちが国を守らねばと努力を惜しまなかった。文化の華やかさや盛大さは、決して大国には敵わないけれど。 小国故に国民の団結力は強く、土台のしっかりした、質素ながらに堅実な文化がそこには培われた。 閻燈の築き上げた卿国。 やがてその王位は子供へ、孫へと伝えられ、皇帝は世襲制となった。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!