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「およそ一キロメートルと百七十メートル先、強力な磁場あり」
宵の刹那に彩られる空のように青くも夕日の赤を滲ませた色に似た藍色の髪を、吹き荒れる白い風に靡かせて少女が言った。腰まで伸びた髪は一つに束ねられ、動物の──特筆するならば名馬の──尻尾のように柔らかに揺れる。
少女は双眼鏡を覗きながら、北の方角を見ていた。
少女が見る先にあるのは白。天も地も関係無く、ただ白だけが拡がる。いや、白だけというには少々語弊があるだろうか。白の中にある灰色の影が汚ならしくそこにある。
「生命反応は?」
少女の傍らに立つ男が溜め息を漏らした。男の緋色に燃え上がる赤髪が風にそよぐ。双眼鏡を外して少女の深緑にも似た碧い瞳が男を捕らえると、男の鋭い赤銅色の瞳が少女を射抜いた。
二人とも白い厚手の衣を纏っているから、二人の髪と瞳だけがその世界に彩りを添えている。
「ありません」
少女は僅かに首を横に振った。
「時間が無い。とりあえずこのまま、磁場のある方角へ進もう」
「了解」
二人は何もない白の上に、足跡を残しながら北に向かって歩く。積み重ねられた白は二人に押し潰されて灰色の影を形作っていた。 少女の見た目はおよそ十代後半、男は二十代半ばといった所だろう。二人とも持っている荷物が極端に少ない。周囲には見渡す限り白以外に何も無く、ヒトが住んでいる気配さえなかった。
遠くに見える盛り上がった小さな丘の集まりは樹々だろうか。とにかく、白だけがそこに有る。
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