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二人はただ、黒の中を突き進む。歩くべき道は全く見えないが、二人の歩みには迷いさえなかった。
この世界には星の煌めきどころか、月明りさえ無い。それは空を覆う厚い雲がそれらの光を全て遮っているからだ。
「文明の冬、か……」
小さな声で呟いたからか周防の言葉は桔梗には届かない。
『君は悔しくないのか。周防』
周防は闇の中で、怒りに燃える声が木霊するような錯覚に囚われる。その声の懐かしさに羨望を抱かずにいられなかった。
「悔しくはない、さ」
「周防。何か言いましたか」
「いいや。何でもないさ」
黒の中に響くのは二人の声と雪を踏み締める音だけ。それらも全て闇が飲み込んでいくかのように周防には感じられた。
静寂は止まらない。
暗闇の中にある静けさはただ、二人の耳を塞いで微笑んでいる。
夜明けは未だ先。
暗闇と静寂が手を取り合い、空を舞って不安を煽る。
僅かに聞こえてくる風音は、ささやかな舞踊曲。
ヒトが文明を失ったことを祝うかのような舞いは毎夜毎夜繰り返される。
朝が来ない。
春が来ない。
それを望んだ者の、想いは──どこにあるのか。
「青陽(あおひ)。僕はキミを、冒涜しているのかもしれない」
周防の声はやはり、桔梗には届かなかった。
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