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慌てて僕は追いかけた。
「待って! そんなに走ったら危ない──」
道路に飛び出そうとしたその子の目の前に、大きなトラックが迫ってきた。
クラクションが辺りに鳴り響く。
彼女が悲鳴をあげようとしたその時、間一髪で僕は彼女を抱き寄せ、歩道に転んだ。
僕がうめくと、彼女はものすごく慌てふためいた。
ただの擦り傷だったのだけど。
「あ、あの、ホントごめんなさい! わざとじゃなくって…いや、ありがとうございます! えっと……」
彼女はスカートのポケットから、メモ帳らしきものと黒のボールペンを引っ張り出した。
一枚破って、さらさらと何かを書いていく。
「……これ、連絡先なんで、あとでお礼します!」
彼女はそう言って、「向坂 結乃(こうさか ゆいの)」という文字と電話番号が書かれた紙を僕に渡し、またもやすごい速さで走り去っていった。
あたりが夕暮れから夜に変わっていくなか、僕はしばらく立ち尽くしていた。
ちなみにそのお礼に僕が頼んだのは数学の勉強を教えてもらうことで、そのお礼も虚しく僕は三十八点しか取れなかった、というわけだ。
こうして、僕が結乃と出会ったのはまさに奇跡の巡り合わせだった。
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