謎のあったか風味。

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「……あちィ」 天井を見上げ、つぶやいた。 視界はぐにゃぐにゃ、気持ち悪く歪んでいて、あー、まだ熱下がってねぇんだな、なんて自覚する。 独り暮らしに風邪、なんて、これほど苦しいシチュエーションはない。 薬を買いに行く気力もなく、ベッドから起き上がる体力もない。 ないない尽くしで、ついでにいうと食料もない。 「蛇口ひねれば水がでてくる、日本ってホントいい国~……」 とかなんとか言ってみるものの、立ち上がってキッチンまで行けない以上、先進国の恩恵には預かれそうもない。 「さすがに、きちィなぁこれ……」 額に乗せた手のひら。 いつだったか、聞いたことがある。頬や額に触れてみて、手のひらを冷たく感じたなら、それは発熱している証拠なんだとか。 「……あれ、手のひらが熱かったら、だっけ?」 まぁいっかー。独り暮らしをしていると、どうしても独り言が多くなる。俺もまた、その例にあてはまる。 しばらく額に手のひらを乗せて、ぼんやりと天井の染みとか数えていた俺だったが……やがて、ふと自嘲気味に笑った。 調子に乗った天罰、かもな。 昨日、好きだったコにキスを、した。 突然の雨。 偶然居合わせた彼女は、俺に傘を差しだして。 その手を強引に引き寄せて、そのまま―――。 不埒への答えは、強烈な平手打ちと、雨の中での放置プレイ。 フラれた俺はとぼとぼと、雨にも降られて帰ったわけだが。 自棄になって、服だけ着替えて酒をあおって寝たら、今朝はこの有様だ。 まさしく天罰。 講義になんて出られるわけもなく、とりあえず高熱に喘いでいる、というわけだ。 さすがに、食料の買い置きもろくにしていないオトコの独り暮らしに、これは堪えた。 なんて回想している間にも、どうも熱は上がっているらしい。 舌がしびれたような感覚と、頭の奥からの鈍痛。耳が聞こえにくい気もする。汗がひどい。 そんな絶望的な状態の俺の元に、突如。 ピンポーン 軽やかなドアベルの音が、響いた。 出られるわけねぇし、第一平日の昼間だ、訪ねてくるやつなんて、新聞の勧誘か怪しい宗教団体だろうと高をくくった俺は、居留守を決め込もうとした。 そうしたら今度は、枕元で携帯が震え出す。 背面ディスプレイには、「松山キョーコ」。そう、俺が風邪引いた原因。
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