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『風邪をこじらせちゃったのね……中学生になる、ほんの少し前に』
憑依魂から流れて来る記憶の欠片を拾う。
気怠い熱と咳に体力と命を削がれていく少女の姿。卒業まであと少しで、楽しくてでも寂しくて。出来るだけ学校に、みんなと一緒にいたくて。
我慢して我慢して……倒れた時には病状は重度の肺炎へと悪化していた。
『小学校も卒業したかったよね……中学の制服も、着たかったよねぇ。あの子との約束だって……』
気持ちをなぞって少女の魂に語りかける。だがしかし、私には彼女に本当の慰めを与えることはできない。
激しい咳の末に呼吸器が痙攣して、空気を吸えなかったこともない。最後の鼓動が鳴り終えた後にまだ意識があることも、眠るような気分で生を終えたことも、私はまだ経験していない。
だって私は、生きてるから。
――お憑かれ様と呼ばれる私にできることは、むき出しで傷付いた魂に束の間の安息を与えることと、向こう側へ行くための手伝いをすることだけ。
少女は私の身体を使って泣き続けた。次から次へと溢れる涙を制服の袖に吸い込ませながら、どこからか薫る金木犀の香と、土臭い公園の香り、そして銀杏が潰れた青臭い刺激臭。すべてが懐かしくて、泣いた。
「みな……み?」
夕刻の清涼な空気を震わせて耳朶を叩いたその言葉に、少女の魂は揺れた。それを発した少年は、ひたすらに泣く私から視線を外せずに、ただ茫然と立っていた。
クロスケにも少年の呟きは届いたらしい。「テンカドウジン!」彼はリストを捨てると、鋭く顕現の術を発した。そして少年の前へと進み出ると彼の両肩を両手で掴んだ。
「今、名前を呼んだろう!?」
少年は突如として現れた黒衣の男に動揺を隠せないでいる。目を見開き、自分よりも背の高いクロスケを訳がわからないといった風情で見上げている。
「彼女に――泣いている彼女だ。さっきお前に向けて喋っていた彼女だよ――心当たりがあるな?」
少年は浅く何度も頷いた。
「あのお姉さんは、知らないけど……みなみ」
声が、滲む。
「知ってる子を思い出した……仲、良かったんだ、すごく……すごく」
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