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少年の黒い瞳が涙に揺れる。
「なのに、あいつが風邪ひいてるの知ってたのに、俺、俺は……俺が、もっと、気にかけていたら……もしかしたらあいつは」
頬を感情の雫が走った。
「死なずに、すんだかも」
切なく笑う少年に、クロスケはそっと首を振った。
「どんなに悔やんでも、どんなに恋しくても、過ぎたことは変えられないんだ」
「……わかってる」
わかってるから。
だから悔やまずにはいられない。愛しくて仕方がない。
「わかってるよ……」
クロスケは少年の肩から手を離し、身体の位置をずらした。再び私から少年の姿がよく見えるようになった。
「なあ、頼む」クロスケは私――私の中の女の子を指して言った。「その子の名前を呼んでやってくれないか。その仲の良かった友達の、名前を」
少年は頬の涙の跡を手の甲で拭うと、クロスケと私を交互に見た。そして――
「みなみ……遠山、美波」
少年はまっすぐに私を見つめて、名前を、呼んだ。
「けん、ちゃん」
ドクリと周りのすべてが鳴動した。
名前を取り戻した魂が丸みを帯びていく。ガムのようにべったりと貼りついていた魂が潮のように急速に引いていく。
曖昧だった魂と魂の境目がはっきりとして、忘れていた姿を、すべてを彼女は思い出した。
遠かった五感が、音もなく私の元に返ってきた。
「……クロスケ」
死神は一瞬おいてむすくれた表情になると「焦らせんな」とぶっきらぼうに言い捨てた。
身体の主導権は返してもらったものの、高ぶっていた感情の余波で涙はまだ止まらなかった。涙を吸った制服の袖が重く湿って冷たい。
遠山美波は他人の身体に入り込んでいる今の状態に少し戸惑っているようだった。心配しないでと心の中で語りかけると、とりあえずは落ち着いてくれたようだ。
もう一人、混乱している人間がいた。言わずもがな美波に「けんちゃん」と呼ばれる中学生の男の子だ。仏頂面になったクロスケと目を赤くして涙を止めようとしている私に交互に目をやった挙げ句「一体……わかんない」と自分の短い頭髪に手をやった。
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