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ビニールから折りたたまれた紙を取り出して開く。いびつだが丁寧な文字が並んでいた。手紙だ。小学二年生のけんちゃんが成人した遠山美波に向けた手紙。
遠山美波だけの手紙。
私はクロスケにもけんちゃんにも見えないようにして手紙の文字を追った。
「まだ何か入ってるぞ」
クロスケがビニール袋を手のひらの上で逆さまにすると、小さな赤の煌めきを湛えた何かが滑り落ちてきた。受け取ってみると、それはビーズを通したモールを輪にしたものだった。
「指輪ね」
子どもサイズで作ったのだろう。輪が小さくて小指の途中までしか入らなかった。指輪を付けた手でけんちゃんに向かって手紙を掲げてみせた。自然と笑みが零れる。
「随分と気の長いプロポーズだね」
「えっ……」
みるみる顔を赤く染めるけんちゃんは手紙に何を書いたか思い出せただろうか。
手紙の内容はシンプルで熱烈なラブレターだった。
胸中に渦巻く嬉しさと切なさが入り混じった感情は美波のものだろうか。それとも私のものなのだろうか。
「もう、いいだろう?」
クロスケはそう言うと、二・三度柏手を打って辺りに漂う生者の思念を払い、場を清めた。更にその状態をしばらく留めるべく短い呪を放った。
今から美波の魂を剥がすのだ。
「なあ、痛くはないよね?」
けんちゃんが恐る恐るクロスケに訊ねる。
「魂と魂が癒着したままならそりゃ痛いさ。でも、もう遠山美波は自己を取り戻し、魂はシロのものと明確に分離された。それにここには無防備な魂に害をなす思念も、今はない。体から引き出しても痛くはないよ」
クロスケは私に向かい合うと指先を額に押し付けてきた。私は目を瞑り肩の力を抜く。
「コンカゴンショウ……サンチハク」
クロスケの唇が言葉を紡ぐと、奔流が体の中心を貫いた。
臓器を、骨を、勢いよく風が滑り抜けて行く。身体が浮き上がりそうになる感覚を必死で抑える。風の最後の一筋が通り抜け、クロスケの指が額から離れると、私は目を開いた。
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