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けんちゃんが中空を見たまま固まっているのが目に入り、その視線を追って振り向く。私の丁度肩あたりに足が見えた。白い光で描いたような頼りなげな輪郭。視線を徐々に上へとずらしていくとワンピースが見え、暖かそうな上着が見え、首が見え、顔に行き着いた。なかなか可愛い顔立ちの子だ。
「遠山、美波ちゃん?」
名前を呼ぶと美波は泣きはらした目で微笑んだ。
「……迷惑、かけてごめんなさい」
私は「大丈夫だよ」とそっと首を振ってみせた。
「開門!」
クロスケの凛とした声が響く。それを皮切りに、周辺を取り巻く雰囲気が研ぎ澄まされていくのを感じた。それは冬の朝のシンとした空気によく似ている。
「イヌイに在す彼の扉よ!」
続く呼びかけに応えるように空に巨大な両開きの扉が現れた。けんちゃんと美波は突如現れた扉に目を丸くしたが、私は何度も目にしたことがあるので冷静だった。霊魂はあれをくぐって向こう側に逝くのだ。
「光持つ者に天の抱擁を」死神は漢数字の三を書くように腕を横に薙払った。「闇抱く者に天の包容を」
腕の軌跡が光を放ち、扉に貼り付く。
「ケンイテン!」
最後の言葉を紡ぐと、固く閉ざされていた扉がゆっくりと開いた。丁度人ひとり通れるくらいの僅かな隙間だ。
「さあ、遠山美波」黒衣の死神が手を差し出す。「輪廻の輪に還ろう」
美波はその手を取り、私たちを振り返った。
自分の指に指輪をはめたままだったことに気付き、慌てて外すと私は手紙と共に彼女へ差し出した。しかしクロスケが難しい顔で首を振る。
「駄目だ、持っていけない」
「ケチね」
「ケチって、お前……」
きっとクロスケの胸中には百万語が渦巻いていることだろう。その証拠に口元が引きつっている。
私は手紙と指輪を美波に渡すのを諦め、代わりにけんちゃんにそれを返した。彼は拙い文字といびつな工作を抱いて死神に添う少女を見上げた。
「けんちゃん」
「美波……」
思い出の姿のままの少女と、成長した少年は視線を交わす。
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