18人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ
美波は背の高くなった少年を眩しそうに見つめた。
「けんちゃん、ごめんね。本当は大人になってから、開けなきゃいけなかったのに……ごめんね」
「謝るなよ……美波は悪くないよ」
ゆるゆると首を振るけんちゃんの両肩に私は手を置いた。悲愴な思いが彼の肩を震わせていた。
「わたしね」少女は、はにかんで笑う。「けんちゃんのお嫁さんに、なりたかったなぁ」それは泣いてるような、笑みで。
「みなみ……」
続く言葉が出てこない。
彼女は逝かなければならない。でも、逝かないで欲しい。頭でわかっていても心が意義を唱えている。潰される、心が悲鳴をあげて、視界が揺らめく。
美波は「バイバイ」と小さく手を振ると、死神に連れられて門へと飛んだ。
「……お姉さん」
少女の姿を目で追いながらけんちゃんは涙を零した。
「人は、いつ死ぬの?」
遠山美波は小学六年生の時に死んだ。でも、その魂はこの世を彷徨い少年は二度と会えないと思っていたその女の子に出会うことができた。言葉を交わせた。笑ってくれた。
身体はなくとも魂はここに在った。
「いつからが死なの? どこからが、死なの……?」
「……わからないよ」
私は正直に答えた。
生体機能の停止など死の定義はいくつかあるが、それだけでは彼の疑問には答えられそうもなかった。死はただの概念であり、もしかしたらそこに明確な境目はないのかもしれない。
だから人は死を畏れるのかもしれない。
「大切だったんだ」
けんちゃんは膝をついた。手紙を指輪を抱きしめて、抱きしめる。私もしゃがみこんで、その丸い背中に手を置いた。
「大切、だったんだ」嗚咽を漏らす背中が大きく震える。「美波が、宝物だったんだ……」
痛哭に胸を突かれ、かける言葉が見つからなかった。ただ、震える背中をあやすように抱くことだけしかできなかった。
※ ※ ※
クロスケはそびえる扉の前に少女を連れて降り立った。
「憑いた相手が“お憑かれ様”なのは運がよかった。もし普通の人間だったら取り殺していた可能性だってあったんだからな」
重く冷たい鈍色の扉。その隙間から穏やかな光が漏れていた。前に進もうとすると少女の背中に回した手に僅かな抵抗を感じた。
最初のコメントを投稿しよう!