第一話 「眠る宝物」

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   死神はしゃがみこんで少女の目線になる。美波は泣いていた。   「お兄さん」美波はボロボロと涙を零しながら懇願する。「わたし……向こうに行かなきゃ、ダメ?」   「ダメだ」死神はキッパリと言い切った。   「この世界は今のお前にとって厳しすぎる。ずっと一人で、ずっと彷徨って、ずっと痛かったろう? もう向こうの世界に引っ越さないと」    少女は唇を噛んで何度も瞬きをすると、ようやく頷いた。   「いい子だ」    涙を拭ってやり微笑むと、少女もはにかんだ笑みを返した。「お兄さんも、いい人だね」     ※ ※ ※      遠山美波は扉をくぐった。  ゆっくりと門扉が閉じられていく。時折振り返りながらも、彼女は真っ直ぐに歩いていった。  門扉が完全に閉じるまで、死神はその姿を見送り続けた。     ※ ※ ※     「逝ったの?」   「ああ、逝った」    地上に戻ってきたクロスケは私に頷いてみせた。空にあった巨大な扉はすでに夢のように掻き消えていた。  けんちゃんは扉のあった場所を赤くなった目でしばらく見つめていた。   「……大丈夫?」   「大丈夫です」けんちゃんは微笑んだ。右頬にえくぼができる。「少し、寂しいけど」    死者側に気持ちが引きずられてやしないかと心配になったのだが、その表情は死を望むものとはかけ離れていた。杞憂だったようだ。そっと安堵する。    けんちゃんは土の中で眠っていた小さな思い出を抱えて帰路についた。「美波を連れてきてくれてありがとうございました」何度も私たちに頭を下げて。   「……あーあ、制服汚れちゃった」   「ご愁傷様」   「綺麗になる機械や魔法チックなものないの?」   「ない。一生懸命洗え」   「ケチ」   「だからないんだってば」    私たちも帰らなければならない。すべてが終わってここにいる理由もないのだから。くだらない言い合いの腰を折って、クロスケは来たときと同じ呪文を唱えた。  
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