第二話 「呼ばないで」

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1.      名前は、あなたという人生の軌跡。あなたを形造る輪郭。    とても、大事なものだから  決して忘れないで――     *    さわさわと、胸の内を波立たせるものがある。  不安? 焦燥? ――予感?  風に遊ばれる風船のような気持ちでどうにも落ち着かない。   「……憑かれた?」    ベッドの上に身を起こし、寝ぐせがついた髪のまま私は呟いてみた。答えを返す者は、いない。    私は城野香苗。  ごくごく一般的な生活水準にある家庭に生まれ育った、(悲しいことに)一般的な容姿の一般的なイチ高校生。それが一般的な面から見た私の立ち位置。  しかし一般的でない方から見ると、私という人物を語るにはこの立ち位置だけでは足りない。    私はベッドから降り、欠伸を噛み殺しながら姿見の前に立った。シンプルなアルミのフレームに収まった自分の姿はいつ見ても凡庸だ。  鼻の頭がくっつくくらいに鏡面に顔を寄せる。  胸の奥にさわさわと、まるで葉擦れのような違和感。   「……誰か、いるの?」    鏡の自分の瞳の奥を覗き込むようにして訊ねる。どんなに目をこらしても瞳に反射するのはどこまでも自分の姿だけだった。    さわさわ、さわさわ。    揺れる。魂。  つられて揺れる。    私は息をついて鏡から顔を離した。やっぱりというか何というか。皆さん不法侵入がお得意なようで。まあ、私のガードも甘いんでしょうけど。   「憑かれてる」    クロスケを呼ぶ前に顔を洗って来なきゃ。  憑依されるのにすっかり慣れっこになっている私は呑気に背伸びをし、ノロノロと洗面所へと向かった。    抜群の憑依体質でありながら、憑依魂に身体の主導権を渡さない強力な精神的を持つ者。この世に彷徨う魂をあちらの世界に送り出す役目を担う死神たちの間では“お憑かれ様”と呼ばれている。それが私。  それが一般的ではない方面での、私の立ち位置。  
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