18人が本棚に入れています
本棚に追加
/105ページ
……恨まれてるかと、罵られるかと、思っていた。だけど、そんなことはなかった。恨まれても罵られても、よかった、のに。彼は優しい彼のままで。それが嬉しくて悲しくて愛しい。
「たまに……顔見せにきてね」
言いたい言葉は、優しい彼を傷つけるから、言えない。代わりの言葉は、こんなものしか見つからない。
泣き出しそうな精一杯の笑顔を、直視できなくて死神は顔を逸らした。
――ほら。
だから会いたくなかったんだ。だから会うのを避けてたんだ。なのに――シロの馬鹿。
「……やめてよ」
「クロちゃん?」
「やめてよ」
揺れる。
揺さぶられる。
過去はいつだって強いから。
今が楽しくても、大事でも……時折、無性に恋しいから。
「……甘えたく、なる」
絞り出すような声音に、たまらず珠璃は張り詰めたその横顔を抱き寄せた。その肩にいた遣い魔は落ちないようにとシャツに爪を引っ掛ける。
「……甘えてるのはお姉ちゃんの方よ……っ」
姉弟2人きりになった時、立派に育てようって決めた。
我慢してたのに涙が零れる。
「呼ばないから」
――私はあなたの今を奪わないから。
「たまにでいいの。元気にしてるか、知りたいのよ……」
でもやっぱり言いたいことは、言えない。
将来、何度かまみえる機会があったとして、その度に、時に置いていかれた変わらぬ姿に、心は痛むに違いない。
死んでほしくなかったとか、成長していく様を傍で見ていたかったとか――言えない。言えるわけない……言わない。
嗚咽に揺れる細い肩。
何度も躊躇った後、死神はその肩にそっと頭を預けた。
「呼ばないでね……」
本当は、呼んでほしい。
優しいその声で、昔のように名前を――生きていた頃の自分の名を。
しかし、それは死と同義の甘美な感傷。
叶えたくない、願い。
「呼ばないで……」
その呟きが薄闇に溶けきると、死神の姿もいつの間にか珠璃の腕の中から消えていた。
-- 呼ばないで・了 --
最初のコメントを投稿しよう!