第二話 「呼ばないで」

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   ……恨まれてるかと、罵られるかと、思っていた。だけど、そんなことはなかった。恨まれても罵られても、よかった、のに。彼は優しい彼のままで。それが嬉しくて悲しくて愛しい。   「たまに……顔見せにきてね」    言いたい言葉は、優しい彼を傷つけるから、言えない。代わりの言葉は、こんなものしか見つからない。    泣き出しそうな精一杯の笑顔を、直視できなくて死神は顔を逸らした。    ――ほら。  だから会いたくなかったんだ。だから会うのを避けてたんだ。なのに――シロの馬鹿。   「……やめてよ」   「クロちゃん?」   「やめてよ」    揺れる。  揺さぶられる。    過去はいつだって強いから。  今が楽しくても、大事でも……時折、無性に恋しいから。   「……甘えたく、なる」    絞り出すような声音に、たまらず珠璃は張り詰めたその横顔を抱き寄せた。その肩にいた遣い魔は落ちないようにとシャツに爪を引っ掛ける。   「……甘えてるのはお姉ちゃんの方よ……っ」    姉弟2人きりになった時、立派に育てようって決めた。  我慢してたのに涙が零れる。   「呼ばないから」    ――私はあなたの今を奪わないから。   「たまにでいいの。元気にしてるか、知りたいのよ……」    でもやっぱり言いたいことは、言えない。  将来、何度かまみえる機会があったとして、その度に、時に置いていかれた変わらぬ姿に、心は痛むに違いない。  死んでほしくなかったとか、成長していく様を傍で見ていたかったとか――言えない。言えるわけない……言わない。    嗚咽に揺れる細い肩。  何度も躊躇った後、死神はその肩にそっと頭を預けた。   「呼ばないでね……」    本当は、呼んでほしい。  優しいその声で、昔のように名前を――生きていた頃の自分の名を。    しかし、それは死と同義の甘美な感傷。  叶えたくない、願い。   「呼ばないで……」    その呟きが薄闇に溶けきると、死神の姿もいつの間にか珠璃の腕の中から消えていた。        -- 呼ばないで・了 --  
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