順藤 恵莉 〔Ⅰ〕

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 私にはこの菊田銀次という人間が容易に想像できた。彼は会う人によってその仮面を使い分けているのだ。それは些細な違いであっても付け替える。まったく同じ人間などいないのだから、彼にとってそれは当たり前のことなのだ。だから彼が私と亜季と話をするときだって一々仮面を付け替えている。  しかしそれは、感心すべきところでもあった。こんな多種多様にある仮面を使い分けることができる人間なんてそうはいない。その点では、彼はとても優れた人間なのかもしれない。  ただ、私は彼には二度と関わりたくない。そう思った。  菊田銀次と会った二日後、亜季が私のことを避けていることに気付いた。最初は何かの冗談かと思ったのだが、それが何日も続くと本気なのだと解る。  そのとき初めて気付いた。あの男に会ったこと自体が間違いだったのだ。一度関わってしまえば、彼の鎖からは逃れられない。たとえ彼の仮面に気付いていても、それは意味を成さないのだ。そして彼と付き合っている亜季は、その鎖に全身を覆われ、侵されている。だからこうして、私が彼に惹かれなかったのを見て、それだけで私を避けるようになった。
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