1.幸せな妖精

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-今ではないいつか、此処ではない何処かに、その湖はあった。  湖の周りには森があり、木々に芽吹いてきた緑の葉が、初夏の匂いを漂わせていた。  幻想郷は、間もなく夏を迎えようとしている。    湖の表面は凍っていた。もうすぐ夏なのに?いや、夏だからこそである。  氷の妖精が湖を凍らせるのに、「暑いから」という理由は充分すぎるものだった。   「ふぅ…湖を全部凍らせるなんて、あたいったら最強ね」   肩で呼吸しながら、氷の妖精ことチルノは、自分が凍らせた湖を眺めて達成感に浸っていた。   「涼しくなったね、チルノちゃん!」   チルノの横で嬉しそうに羽をパタパタとはためかせているのは、やはり妖精である。その名も大妖精。そのまんまである。それが名前なのかどうかはさておき、とにかく二人は親友だった。   「それで、湖を凍らせてどうするの?」   大妖精が不思議そうにきくと、よくぞ聞いてくれましたとばかりにチルノが胸を張る。ちなみに残念ながら張るほどの胸はない。   「滑るのよ!」   「…ほぇ?」    チルノはその反応が嬉しいのか、傍らに置いてあったバッグから靴を取り出した。 靴の下にエッジのついた、スケート靴と呼ばれるものだ。 前に香霖堂に寄ったとき、「僕は使わないからね」と、店主であるこーりんに貰ったのだ。     「さぁ滑るわ!」   スケート靴を履いて即座に滑ろうとしたチルノに、   「ち、ちょっと待ってチルノちゃん!滑り方わか…」   と忠告したが、「すてーん」という擬音が大妖精の言葉を遮った。      つまるところ、幻想郷は今日も平和だった。
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