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世に曰く神とは慈悲深く、罪を許さず、情けと罰を与え、安らぎと厳しさに満ち、包み込み或いは囲い込み、服従と捧げ物を要求するらしい。
詰まる処、神とはエンゲージリングの異名である。
『満たされるのが怖い』と或る者が言った。
安心するが良い、と私は答える。
君が君である限り、意志を持つ人間である限り、満たされることは無い。
自由が欲しいと叫ぶ場合、大抵は一つか二つの気に入らない束縛の解除を求めているだけだ。
美しくありたいと望むなら、まず己を美しいと認識させたい者の美意識を理解せよ。
日本國のパン屋で幾らフラン札を積んだとて、パンは買えない。
価値を認識しない者に押しつけても、望む物との交換は有り得ない。
ただし例外もある。
そのパン屋の店主が外貨為替に詳しい者であった時。
つまり自分の美意識にそぐわなくとも、その価値を利用できると踏む知識を持つ時。
現在では例外の方が罷り通る社会のようだ。
己の美意識より、一般的な価値を重視して取引が交わされる。
“一般的な”価値を創造する者達全てが己の美意識を見失った時、主体はどこにあるのか。
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