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目の前で金色が揺れた。
なんだろう?と、まだ覚醒しきれていない目をこじ開ける。
ぼんやりと見えてきた視界に、また広がる金色。
耳に入ってくる聞き覚えのある鼻歌と、鼻腔をくすぐる甘い香り。
あぁ…アリスか。
アリスは僕に背を向ける様に座り、何かしている。
「何してるの?」
後ろから抱き付いたら、アリスは小さく「きゃっ」と言った。
アリスの肩に顎をのせ喉をゴロゴロ言わせる。
まぁ、僕は猫だからね。
「おはよう、チェシャ猫。くすぐったいよ。」
クスクスと笑うアリスを見て、僕はまたいつもの様ににんまりと笑う。
「それなぁに?」
アリスの持っているものを指差して尋ねると、アリスは「あぁ、これ?」と、心無しか嬉しそうに微笑んだ。
「刺繍だよ。今学校でね、刺繍したハンカチを好きな人にあげるのが流行ってるんだ。」
ニコニコと笑うアリスに、何故か胸が苦しくなった。
「アリスも好きな人にあげるの?」
「…うん。」
恥ずかしそうに答えるアリスにまた胸が苦しくなった。
「…アリス、大きくなったね。」
話をはぐらかす様に言葉を口にする。
「それはそうだよ。初めてここに来た時からもう10年以上は経ってるもん。」
「もうそんなになるんだっけ?」
「そうだよ。…チェシャ猫達は全然変わらないね。」
「まぁ、僕達は永遠にこのままだからね。」
「そっか。」
急に静かになるアリス。
「どうしたの?」
心配で声をかけたら、アリスは小さな声で何か囁いた。
「アリス?」
「…私がおばあちゃんになっても、皆はそのままなの?」
「そうだね…女王が首をはねない限りは皆このままだね。」
「…そんなの嫌だ。」
「アリス?」
「私もここにいたら私の時間も止まるのかな?」
「アリス…。」
少しだけ震える声。
アリスが、泣いてる。
「ずっとここに居たいよ。」
ボソリと呟かれた言葉に、僕は少しだけ力を入れてアリスを抱きしめた。
「…そんなことしたら好きな人が心配するよ?」
アリスは何も答えない。
アリスの心を移す空は、とうとう雨を降らせた。
泣き続けるアリスの頭を、僕は撫で続けることしかできなかった。
「…私の好きな人は、貴方だよ?」
小さく小さく呟いた声は猫の耳には届かず、ただ作りかけの刺繍だけが涙で濡れていく…。
―終―
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