病室/ベッド

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「熱心だな」   うだるような日差しの中を僕と凪沙は歩いていた。   「だって約束したからね。ずっとお母さんのそばにいるって」   前を向いたまま、額の汗を拭うこともせずに凪沙は言った。   一定のペースを維持し、誰もいない道を闊歩する二人は絵になるだろうか。   そんな事を考えていると、見慣れた建物が姿を現した。 僕たちは、案の定うるさい押し戸を開け、空調の効いた所内に入った。   「やあやあお二人さん、今日もお揃いで。息災かな?」   受付には、僕らをからかう年の近い看護婦さんが窓口のテーブルに顎を載せ、笑っていた。 喋るたびに動く頭が、何とも言えないユーモアを醸し出している。   「姉貴、人来ないからってそれはないでしょ」   呆れ果てた凪沙はため息を漏らし、さっさと階段を上がって行った。   「少年」   それについて行こうとする僕を呼び止め、看護婦さんはだるそうに手招きをした。   「何ですか?」   窓口に近付き、看護婦さんと向かい合う。   「雅哉君だっけ?」   教えてない名前を口にされ、僕は一瞬固まった。   「そうです……けど」   訝しげに看護婦さんを見ると、その視線に気付いたのか、ちょっと待っててと奥に引っ込んで行った。   何かを漁る音がした後、看護婦さんは一枚の紙を手にして戻って来た。   「カルテの整理してたら、“偶然”目についたのがあってね」   そう言って差し出す紙には、確かに僕の名前が書いてあった。   「それでさ。私、“たまたま”カルテが読めるの」   その顔は、飄々とした口調とは裏腹に真面目な表情で、少しだけ、同情と悲しみが混ざってた気がした。   「あんたさ……」   「ええ、わかってます」   看護婦さんの言葉を遮り、僕は口を開いた。   「良いんです。これは、僕が望んだんですから」   そう言って笑ってみせると、看護婦さんはそれ以上何も言わなかった。   「ところで、看護婦さんの名前は? 僕の名前だけ知られてるのはフェアじゃないですから」   「……そうだね。私は、亜沙(あさ)。さん付けは嫌いだから、亜沙姉って呼んで。タメ口でもかまわないよ」   「亜沙姉……わかりました。タメ口は、善処します」   そう言って笑うと、亜沙姉も笑った。   「じゃあ、また」   「うん。じゃあね」   ひらひらとだるそうに手を振る亜沙姉を尻目に、僕は2階の病室に向かった。
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