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「おーい、雅哉?」
目の前で手を振り、意識があるか確かめている凪沙。
どうやら僕は知らないうちに物思いにふけっていたようだ。
「ちょっと考え事してたんだ」
僕はそう言い、外に目をやった。
人ひとり歩いていないそこは、あからさまに僕らに敵意を向けていた。
こんな中歩いてきた僕は、まさに命知らずだろう。
「なぁ、いつになったら元に戻るんだ?」
不意に尋ねると、凪沙はうーんと首を傾げた。
「わからないし、わかりたくないかな」
意味深に呟き、エプロンを外して椅子に掛け、伸びをした。
僕はその言葉の真意が気になったけど、深く追求はしないことにした。
「もう上がるのか?」
話を変えなきゃいけない気がして、何となく聞いてみる。
「うん。だって、いつも雅哉が最後のお客さんだもん」
笑顔で言い、そのまま入り口に向かう。
どうやら入り口に掛かった札を裏返しに行ったようだ。
「今までも僕が出てった後は閉店になってたんだな」
凪沙は頷き、口を開いた。
「じゃ、行こうか」
わけが分からず首を傾げると、そういえばと思い出した様に続けた。
「お見舞い。私のお母さんのね」
……その時初めて、僕は凪沙の母親が入院していると知った。
「ほら、いこっ?」
「あ、あぁ」
未だに目を白黒させていた僕は、うながされるまま外に出た。
幸いな事に、太陽は雲に隠れていて、少しはマシな道のりだった。
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