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診療所についた時、僕も凪沙も汗だくだった。
「もっと近くに病院があったんじゃないか?」
僕が不満をあらわにすると、凪沙は呆れたようにため息をついた。
「このご時世に、病院が機能してると思ってるの?」
……言われてみれば確かに、どこの病院も休診中だったし、ましてや人の居なくなった日本に医師が足りているわけがない。
「ここは知り合いが経営してる診療所なの」
『高濱診療所』
2階建てぐらいの高さであるそれは、見るからにぼろい。
前に来たことがあるけど、その時からこのままの筈だ。
「置いてくぞー」
手動ドアの前で、凪沙は手を振っていた。
「今行く」
最後に建物に一瞥をくれて、僕は早足で向かった。
ドアはあいにく油が注されてないようで、嫌な音が耳をつんざいた。
「ったく、毎度ながらうるさいドアね」
凪沙はそう文句をたれると、看護婦に会釈して階段に向かった。
僕も倣って挨拶をすると、「彼氏君?」と聞かれ、慌てて否定した。
「そ。まぁ、あの娘今大変みたいだから、宜しくね?」
「はぁ……?」
わけもわからず首を傾げると、遠くから凪沙の声が響いた。
「あの娘、何だか今日は楽しそうね」
看護婦さんはそう言ってにっこり笑った。
「そうなんですか?」
「うん。いつもこの世の終わりみたいな顔をしてくるんだけどね、今日は花が咲いたように笑ってる」
凪沙が落ち込んでいる姿を想像出来ない僕は、あまり信じる気にはなれなかった。
「まーさーやーっ!」
2度目の叫び声。
「このままだと他の患者さんに迷惑だから、早く行ってあげて」
冗談ぽく言う看護婦さんに頭を下げ、僕は駆け足で凪沙の元に向かった。
「遅いよ雅哉。何してたの?」
膨れっ面で尋ねる凪沙に、僕はさっきの看護婦さんとのいきさつを話した。
無論、大変らしいと聞いたことと、いつも落ち込んでいるということは喋らなかったが。
「それ、姉貴だよ」
「え……? 凪沙の、姉ちゃん?」
コクりと頷き、ため息をついた。
「残念ながら、正真正銘血の繋がった姉妹よ」
確かに、言われてみれば似てるような……。
「ま、何言われたか知らないけど、別に気にしなくていいから」
そういって淡々と階段を昇る凪沙は、看護婦さんの言った通り嬉しそうだった。
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