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二人の靴音が反響する所内。
何故病院などの施設はこれほどまでに静かなのだろう。
そんな事を思っていると、楽しげに話す声がどこからか聞こえてきた。
「お母さん、起きてるのかな」
不意に駆けた凪沙に続いて部屋に入ると、そこは左右にベッドが二つあるだけの簡素な病室。
楽しげな会話はここから聞こえており、一つは年配の女性の声で、もう一つは幼さが残る少女のそれだった。
「お母さん」
入って右側のベッドに駆け寄る凪沙。
すると会話は中断され、年配の女性の声だけが響いた。
「凪沙、毎度ご苦労様ね」
優しさと親しみが込められた声。
予想通り、凪沙の母の声だった。
「今日は雅哉を連れて来たの!」
凪沙が何度も手招きをするので、僕は何となく気まずいままおずおずと顔を出した。
「どうも」
「あなたが雅哉君……凪沙から聞いてたけど、確かに男前ね」
「ちょっとお母さん!」
悪戯っぽく笑う母と怒った娘。
それは僕が久しく見てない親子の姿で、何故だか胸が締め付けられた。
そしてやはり僕は部外者なのだと悟り、途端に息苦しさを覚えた。
「ジュース買ってくる。適当でいいよな?」
「あ、うん。……そうだ、私は何でも良いんだけど、お母さんジュース駄目だからお茶にしてね」
急な申し出もすんなり受け止めてもらえ、僕は内心ホッとしながら外に向かおうとした。
その瞬間、対面のベッドに居た患者と目が合った。
病室から聞こえたもう一つの声は、この少女のものだろう。
その娘は、肌が透き通る位白く、体が小さく童顔。
一目で病弱体質だとわかる程だ。
取り敢えず軽く頭を下げると向こうも同じ様にした。
少しの間互いに観察しあっていたが、僕はこの部屋を一刻も早く出て行きたい事を思い出し、足早に外へ向かった。
ふと気になって病室の入り口にある名札を見ると、凪沙の母の名前の他に『奈津』という名前が書いてあり、先程の娘の名前は奈津だという事がわかった。
それを心の隅にしまい、僕は上へと向かった。
無論、自動販売機とは別の方向に。
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