散花 1

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『アンタ、邪魔だからどこか行って』 そう、母から言われたのはいつの頃だっただろうか… それは遠い昔の事だった気がする。 よくは覚えていない。 父はいなかった。 母は、家にいることが少なかった。 綺麗な母。 美しい母。 キラキラとした宝石を身につけて周りにはいつも違う男たち。 いつも楽しそうに笑っていた。 そう… 楽しそうに…。 今思えば、母は狂っていたんだと思う。 でもあの時は、いつも楽しそうに笑っている母に、少しでもいいから、俺を見てほしかった。 俺にも笑いかけてほしかった。 だから母に手を伸ばす。 だけどそれを握り返されることは無かった。 振り払われ、打たれた記憶しかない。 いつも楽しそうに笑っていたのに… 俺を見るときだけは、その綺麗な顔が歪んだ。 『アンタなんか、アンタなんか…』 そう言いながら、手を上げた。 俺は静かに目を閉じる。 母の気が済むまで… なぜならば、その目には… 『悲』の色が浮かんでいたから。 怒りや憎しみの色が浮かんでいたのなら、俺だってこんなことしていない。 だけど、いつも悲しそうに歪んでいた母の顔。 何故? 何故そんなに悲しそうな顔をするの? 俺はその理由が知りたかった。 だけど、その理由は明かされることは無かった。 俺が記憶している中で、最後に見た母の顔。 それは俺がずっと待ち焦がれていたものだった。 とっても、とっても綺麗に笑いながら母はこう言った。 『アンタ、邪魔だからどこか行って』 ……そうか…。 それが母の答えだったのか…。 『邪魔』 俺は要らないもの。 不要なもの。 母がそう望むなら… 母がもう悲しまなくて済むのなら… 母が、ずっと笑っていられるなら… 俺はその日から家に戻っていない。 あれからもうどれほどの時がたったのだろう… それももう覚えていない。
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