壱話 開(かい)

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【1】       正暦元年(九九○)。 「失礼致します」  襖障子が静かに開いた先に、白衣(びゃくえ)に緋袴(ひばかま)をまとった女が、姿勢を正して座っていた。  三つ指をついて頭を下げると、動きにつられた黒髪が、はらりと肩を滑り落ちる。床についた手も、切り揃えた前髪から覗く顔も、雪のような白肌。  面(おもて)を上げた切れ長の目の瞳は、澄んだ漆黒の色。表情が乏しいながらも、睫毛の毛流れも美しい。  女の名は、『渡葉(わたば)』といった。  決して無感動な女ではないが、他人から見ると心の内が読み取れない。落ち着いた表情で、部屋の主を見つめていた。  灯台が照らす部屋で、文台に向かって筆を滑らせていた男が、問うた。 「生まれたのは男か、女か」 「はい、男の御子でございます」 「そうか」  時刻は、早朝卯の刻六つ時。後少しすれば、空がしらじらと明けてくるだろう。  渡葉の口が開いた。 「その御子、蒼鬼(そうき)の御印(みしるし)がございます」
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