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本気を出さなければならないような状況に陥ったのは、シュナイダー卿が今まで生きてきた中でも、片手で数える程しかない。
だが、屍の中に、血まみれで一人立つ気分がどんなものなのか、彼は知らないだろう。
誰でもない、自分が手に掛けた者達の、何も映さなくなった瞳を閉じてやる、あの虚無感を味わいたい者などいない。いたとしたら、……狂ってる。
シュナイダー卿には、どうしても、子供の矜持として流すことが出来ず、発作的にロシュの胸倉を掴んで、締め上げていた。
「自惚れるな、死にたいのか? 私を殺しに来れば、いくらでもお前の言うところの『本気』で相手をしてやる!」
突き飛ばすようにしてロシュを離した後、シュナイダー卿は振り返りもせずに、鍛錬場から出て行ったのだった。
大人気ない。実に大人気ない。
一回り以上年の離れた子供相手に、何をやっているのか。
「何暗くなってるんだ」
詰め所の片隅で、地味に落ち込んでいたシュナイダー卿に声をかけたのは、彼が見習いの頃からの友人で、現在は街警備隊副隊長のライオネルドだった。
冷たく思われやすい冷血動物の見た目と反して、ライオネルドは面倒見が良い。
「……分かるか?」
周りの空気すら巻き込んで暗いというのに、分かるかも何もあったものじゃない。とは思ったものの、ライオネルドはそこまで突っ込まなかった。
「お前、分かり易いな。上に立つ者として、それじゃダメだぞ。理由は言いたきゃ言え。聞いてやるから」
普段シュナイダー卿に分かり易いなどと言うのは彼くらいだが、今は誰が見てもシュナイダー卿は分かり易く落ち込んでいる。ただ、それを突っ込める者が、この周囲にいなかっただけだ。流石に『隊長』などという役職の者に突っ込みをかますのは、皆気が引けるのだろう。
シュナイダー卿は「……己の未熟さを露呈するようで、嫌なのだが……」と前置きしてから、事のあらましを簡潔に伝えた。
するとライオネルドは「子供の躾は大人がやるもんだ」と、これまた簡潔に答えた。
「隊に入れる気なら、お前がちゃんと育てりゃいい。それが出来ないなら、放っておけ。愚痴る前に、やれることがあるだろうが」
至極尤もな意見だ。
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