ある生き物の話

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その時美伊奈は、(あんまりご近所迷惑になるようなら、フライドチキンにすればいいか)と思った。 神社で縁日があると、町内会の回覧版で回ってきた。ここらの子供会などが参加している、毎年恒例の祭りなのだ。 もうそんな時期なのかと思うと、光陰矢の如しと言う言葉の意味をしみじみ噛み締めてしまう。 「優奈ちゃん、もうすぐ神社でお祭りがあるんだって。行く?」 六年前にここへ来た美伊奈は、夫である政義と行ったことがあるし、優奈が生まれてからも連れて行ってはいるのだが、やっと物心がついたばかりの娘はきっと覚えていないだろう。 美伊奈は四つになる自分の娘に、尋ねてみた。 「お祭り、行きたい!」 読んでいた絵本からすぐさま顔を上げた優奈の目はキラキラと輝いて、今にも走り出して行きそうな勢いがある。 いつ、今日!? などと逆に尋ねてくる優奈に、美伊奈は優しげな笑顔を浮かべた。 「お祭りの日になったら、浴衣を着せてあげるから、それまで楽しみに待ってようねー」 「うん!」 自分の美的感覚では、絶世の美少女である娘は、元気いっぱいに頷いた。 当日。 残業で帰れないと連絡した政義にがっくりと肩を落としつつも、美伊奈は気を取り直して優奈の着付けを始めた。 よく考えれば、祭りは二日間あり、今日が駄目なら明日という手があるということを思い出したのだ。 彼女がこちらに来てから覚えたことは山程あるが、六年も経てばある程度の常識は身につくもので、『祭りには浴衣』もその一部だった。 優奈に着せたのは白地に赤い金魚の模様の浴衣で、ピンクのへこ帯と合わせると、動く度にヒラヒラ動いて、とても可愛らしい。 この頃から元気っ子の優奈は、浴衣だからといって大人しくはしてくれない。それを宥めながら、美伊奈も着替える。 紺地に大輪の牡丹が入った浴衣は、結婚前に政義がプレゼントしてくれたものだが、六年経った今でも大事に着ている、言わば宝物だ。 「ママ、キレイ」 憧憬の眼差して見上げてくる優奈には悪いが、美伊奈は自分が綺麗だとはどうしても思えないのだった。 ご近所の奥様方に羨望の眼差しを向けられる美貌も、美伊奈にとってはコンプレックスの集大成である。長年培ってきた価値観というのはすぐさま改まったりはしないものなのだ。
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