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「とにかく、この話はなかったことにして下さい」
「……出来んと言ったら?」
「これに署名を」
シュナイダーが、どこからか取り出した洋皮紙をカーネロに手渡した。
手渡されたカーネロは目を一瞬見開いた。しかし、動揺を見せまいとして即座に取り繕った姿は、流石国の中枢を担う人物の一人、として賞賛に値する……かもしれない。
『絶縁状』。
そう記されたそれは、カーネロの署名を待つばかりの状態となっている。
「勘当して下さい」
「……本気かね?」
「冗談でこんなものを出すと思いますか?」
シュナイダーは生真面目で意志の強い、要は頑固で融通のきかない性格だということだ。勿論本気なのだろう。
カーネロは何度も紙を見直して、深く溜め息を吐いた。
「こんなもので、私の気を変えることは出来んぞ」
「いえ、僕がやったことで養父上に迷惑がかからないようにする為にも、是非」
ほぼ軟禁状態のローザを連れ出すには、かなりの無茶をする必要がある。
そう、例えば『王を脅すような行為』すら辞さない覚悟。しかし、虫がいいと言われようと、そのとばっちりをフォードック家に被せたくないシュナイダーである。
「……お前は言い出したら聞かんからな」
誰に似たのかと呟き、カーネロは渋々それに署名したのだった。
夜分、軟禁状態のローザが見張り付きで向かったのは、祖父であるツェルト公のところであった。
数年前から伏せりがちな祖父を、シュナイダーと一緒に見舞っていたが、輿入れしてしまえば、もう話が出来るうちに戻っては来れないだろう。
今生の別れになるかもしれない。
ローザはそう思ったのだ。
「お祖父様、ご機嫌は如何(いかが)でしょうか」
「……今日は悪くない」
横になったままで済まないと謝られ、ローザはいいえと軽く首を振った。
室内の明るさが足りないだけではない顔色の悪さに、ローザは軽く目を伏せる。
会いに来て正解だった。
実の父親が冷遇したというのに、ツェルトはローザを可愛がってくれたのだ。ローザが真に身内と言えるのは、彼だけである。
ツェルトはツェルトで、ボンクラ(だと彼は思っている。あながち間違いではない)な息子より、賢く肝の座った孫娘を気に入っていた。
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