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ま、どの道、悪意を持って使えば、すぐに資格などなくなるのだが。ツェルトはこの部分をわざわざ口にすることはしなかった。
「……お祖父様、私は嫁ぐのだから」
求められるのは、貞淑な妻たる女で、代理人ではない。逆にその付加価値が邪魔になることもあるだろう。
しかしツェルトは茶目っ気たっぷりに、孫娘に向かって片目を閉じた。
「素直にあれの言うことを聞いてやるのかね?」
そんなしおらしい娘ではないだろう?
言外に含んだ言葉に、ローザも口元を綻ばせた。
その通りだ。
あの狸爺の言いなりになるような自分ではない、ということを思い知らせてやろう。
「……ありがとうございます、お祖父様。私、自分を見失うところでした」
ローザの中に決意の炎が灯った瞬間だった。
先程とは打って変わり、表情が生き生きとし始めた孫娘を目にして、ツェルトは微笑む。
「ローザ、儂の出来ることがあれば何でも言いなさい。ただし、こんな大盤振る舞いは、今日だけだぞ?」
きっと、自分が生きているうちに、この孫娘と話す機会はもうないに違いない。
だからこそ、何かしてやりたい。
密約を交わした共犯者同士の視線が絡み合う。
「でしたら、お祖父様にお願いがあるの」
簡単なお願いよ?
この時だけ、ローザは年相応の顔で小さく笑った。
ローザがツェルトの私室を訪ねてから二刻後。
シュナイダーは、自室で旅支度の最中であった。
ローザの居所(監禁される場所)の情報は、自分のプライド許容範囲ギリギリまで、ありとあらゆる手段を使って突き止めた彼である。
彼女を連れ出す為に必要ならば、身を投げ出しても構わないという、洒落にならない決意すらしていた。
どう洒落にならないかは、ご想像にお任せするが、とにかく。
「シュー兄上、お手紙です」
唐突に背後から掛けられた声に、シュナイダーは一瞬身を竦めた。
「……レオンか」
今年八つになる義弟が入って来たのにも気付かない程、無意識に緊張していたのに気付いて、シュナイダーは吐息をついた。
「ありがとう、誰からかな?」
手紙を受け取ってから、頭を撫でてやると、レオンは満面の笑みを浮かべて答えた。
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