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早まらなくて良かったとシュナイダーは息をついた。
あとは手紙の指示に従うだけだ。
*********
純白に金糸銀糸で意匠を施された、美しい花嫁衣装。
袖を通して、最終調整しながら鏡を覗けば。
「……ちーっとも、似合わないじゃないのよ」
「そ、そんなことありませんよ。とってもお綺麗ですよ」
「……衣装が、ね」
歯の浮くようなお世辞だとローザはそっぽを向いた。
侍女達の引きつった笑みを無視し、彼女は憮然とした表情で椅子に勢い良く座る。
皺(しわ)になったところで知るものかといった風情である。
(何なの、この茶番劇。馬鹿馬鹿しくて涙が出そう)
体裁を整えたところで、厄介払いには変わりないとローザは一人ごちた。
(でも、あれがシューのところに届いてれば、こんな喜劇は終わりね)
ツェルトの名で手紙を出したのは、やはりローザであった。
今のタイミングでは、ローザの名でシュナイダーへ書簡を送るのは不可能に近かったのである。
(シューなら、あの手紙の意味もきっと分かる筈。分からなかったら、幼馴染みやめてやるんだから)
そして一生恨んでやる。
逃げ出す機会は、多分これが最後になるだろう。
土地勘が皆無の嫁ぎ先で、そう易々と逃げられるとは思えないし、――見ず知らずの男に身を任せるなど、ローザはまっぴらごめんだった。
いくらローザの器量が良くなくても、結婚するということは、とどのつまり……そういうことなのだ。
放置されてきたローザの結婚観念は、市井の人々とほとんど変わらない。
ましてや十六歳、変に現実主義者の割に夢見る乙女な彼女を、誰が責められるというのか。
(助けに来るのが、白馬に乗った王子様じゃなくてシューなのが悲しいけど、この際文句は言わないわ!)
ローザがそう思ったのと同時刻、シュナイダーが盛大なくしゃみをしたことを、誰も知る人はいなかった。
********
真夜中、二刻。
シュナイダーは、持てる技量の全てを駆使して城に忍び込み、ローザの指示通り第三宝物庫へと辿り着いていた。
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