或る男

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掏摸(すり)や掻っ払いで生計を立てている、お世辞にも立派なとは言えない男だったが、生きる為に必要な知恵と、自分の技術を年端もいかない彼に教え込んだ。 ある時ザインが、何故自分を拾ったのかと男に聞いたところ。 「占い師がよ、道端に落ちているものを拾ったら、大事にしなさいっつったんだよ。幸せを呼ぶからってよ」 まさか人間だとは思わなかったけどと、男は悪びれずに笑っていた。 世間から見れば、男はどうしようもないろくでなしだったのだろう。それでもザインは男が好きだったし、男も――今思えばだが、本当の息子のようにザインを可愛がっていた。 男は自分の商売にザインを利用することもあったが、飢えさせたりすることも、理不尽な暴力を奮うこともなかった。 一般的とは言えないが、ザインはそれなりに幸せだった。 ――五歳の時に、男が死ぬまでは。 ******** 「おーい、じいさんいる?」 「ザインさん」 白くもこもことしたセイムは、地球で羊と呼ばれる生き物と同じ姿で、柔和な外見に反し、セイムはこの街のナンバーツーとも言える地位に就いている程の実力者だ。 セイムに呼ばれた瞬間、ザインは眉間に皺を寄せた。 「その『さん』付け、何とかなんねぇの? あんたのが年上なんだからさぁ」 「それはともかく、いいところに来ましたね」 ザインの苦情をさらっと流し、セイムは彼を奥へ促した。 「マルチェドの方が来られているんですがね、どうも話し合いにならないようなんですよ」 裏同士であっても、組織が違えば関わる利権も違ってくる。互いに邪魔をしないよう協定を結んでいても、長が変われば 条件を変えて自分達の有利にしようとする輩も少なくない。 そこで用いられるのが、代理戦争とも言える『勝負』。内容は様々だが、代表の肩には面子と莫大な利益がのしかかる。勝てばそれなりの地位が約束され、しくじれば間違いなく始末されるだろう。 「……んで? 俺にどうしろと?」 セイムがうっそりと笑む。 「ザインさん得意でしょう? 『遊び』は」 「あー……、そんな勝負?」
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