或る男

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人の良さそうな笑みを浮かべ、セイムが答えた。 「貴方の勝手な行動と相殺、ということで貸し借りなしにしましょう」 「う……じいさん、怒ってんの?」 「いえ、ことが運良く運んだので、お咎めはありません。……ただ、呆れてはいました。今後は、このようなことがないようにお願いします」 「……へい」 セイムはチェザーリ老の代弁者でもある。流石にザインでも、最終的に彼らには逆らえない。 「あ、最後に一つ。俺の予想は?」 「ほぼ間違いないかと」 「やっぱりな」 全容は見えている、犯人も分かっている。付け加えれば、売り飛ばされた『商品』を誰が何人買ったかということまで、チェザーリ老が全て把握しているだろう。それらと懇意にするか、金を引き出すネタにするのか。それを決めるのもチェザーリ老だ。 だからザインは、見ず知らずの人間を助けるのは別の者、というスタンスを崩す気はない。彼の仕事は、あくまでも『黒幕を突き止める』ことなのだから。 「ったく、面倒だ」 それとは別で、全部判明しているのに、情報を小出しにする必要があるのがザインの癪に障るが、表にも裏にも義理は欠けない。 「あ、そっちから連絡なくても、二日……、場合によっちゃ俺の判断で報告すっからな。それだけはじいさんに言っといて」 「その辺はチェザーリ老も分かっていらっしゃいますよ」 ザインはつまらなさそうに鼻を鳴らした。いつまで経ってもあの老人に勝てる気がしないザインであった。 「……んっとに、花冠祭だってのに、楽しむ暇もねえよ」 有能で人使いの荒い上司の姿を思い浮かべ、ザインは溜め息を零す。 「おや、女性と一緒に歩いていたと聞きましたが?」 「あれは仕事の一環。後で大目玉くらったんだかんな」 スラシュナ関係の私用で離れたはいいものの、一緒に護衛についていた友人には悪いことをした。 おやおやとセイムが目を細める。 「上に従うのが嫌いなザインさんがよく我慢してますね。嫌になったら戻ると言っていたくせに」 「今んとこ嫌じゃない。だから戻らない。そんだけだ」
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